原田マハ「たゆたえども沈まず」を 読み解く

ネタバレを含むので、本を読了してから記事の続きを読んでくださいね!

たゆたえども沈まず

原田 マハ 幻冬舎 2017-10-25
売り上げランキング : 275
by ヨメレバ


日本でも大人気なフィンセント・ファン・ゴッホについて書かれた原田マハのフィクション作品です。
ゴッホ作品のみならず、同時代にパリを始めヨーロッパで大人気だった日本美術、特に浮世絵も良い役割を果たします。

この作品は、フィンセントの弟のテオと、同じ時代にパリで浮世絵を販売していた加納重吉の視点で進みます。
フィンセント自身の吸引力….周りの人を引きずりこむような心の闇
その闇が形成され、絵画作品に現れ、また闇を暗くする…というスパイラルが悲しい物語。

ところで、原田マハ作品は、どこまでが事実で、どこからがフィクションなのか…凄く分かりにくくないですか?
巧いんですよね。
知識部分と想像部分の境目が無く、綺麗なのです。

しかし、「ゴッホって実は、〜なんだよ!」と本で仕入れた知識を誰かに話してみたとき、
「…あー、それは原田マハの想像だよ。実際は〜で…」
なんて言われたら立ち直れませんね!
というわけで、事実とフィクション部分を整理してから弊職の感想をお伝えします。


作中の事実〜ファン・ゴッホ関連〜

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フィンセント・ファン・ゴッホ「花咲くアーモンドの木の枝」(1890年)
ファン・ゴッホ美術館


まずは事実パートを見ていきましょう。

【画家・フィンセントについて】
・当初は聖職者を目指していた
・グーピル商会での勤務歴
・作品と交換でテオ(弟)に仕送りを貰っていた
・アルルでゴーギャンと共同生活をしていた
テオの子供が生まれたお祝いに「花咲くアーモンドの木の枝」の絵を贈った
自分の耳たぶの一部を切り取り、馴染みの娼婦に贈った
・絵の具を飲み込むなど自殺未遂は何度かあった

【弟のテオとその家族について】
・テオのグーピル商会での勤務歴
・テオとヨーの結婚
実際、フィンセントが重荷になっていた
・テオはフィンセントが亡くなってから約半年後に亡くなった
・フィンセントの絵が世間に認められるよう、ヨーは展覧会などに尽力した
・テオの息子、フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホは機械技師
※機械技師のくだりに覚えが無いなら…最初の「一九六二年」の章を読んでみて!

こんな感じですね。
驚くことに、作中の鍵となる出来事のほとんどが事実なのです。
あと、二人の手紙のやりとりも事実ですね。


作品の事実〜林忠正関連〜

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林が寄港したパリ・イリュストレ誌の表紙。溪斎英泉「雲龍打掛の花魁」はフィンセントが油彩で模写した。


次は、林にまつわる事実です。

・若井と合同で若井・林商会を設立し、パリで日本の美術品を売る
・ゴンクールと交流があった
パリ・イリュストレ誌に日本美術を紹介する記事を書いた
・印象派の作品をコレクションしていた
・パリ万博で日本美術を紹介した
・欧米的な商人魂が日本人には認められず、国賊と罵られた

後述するように、ファン・ゴッホ兄弟と林に面識があったかは分かりません。
しかし、フィンセントは日本特集のパリ・イリュストレ誌の表紙を模写しています。
その中の林の記事も当然読んでいるものと思われます。

また、林は印象派絵画の価値にいち早く気づいていました。
フィンセントの名前も耳に入っていた可能性は大いにあると思います。


事実と異なる可能性がある部分

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フィンセント・ファン・ゴッホ「赤いぶどう畑」(1888年)
プーシキン美術館


続いて、必ずしも事実と言えない部分についてです。

・フィンセントの絵は一枚だけ画家仲間に売れたとされているが、複数枚売れたという説もある
・フィンセントの死は自殺とされているが、他人の発砲の流れ弾が当たったと考える説もある
林とファン・ゴッホ兄弟の間に交流があったか不明
フィンセントの自殺(?)に使われた拳銃の入手経路は不明(作中ではテオの持ち物)

自殺は定説ですが、その現場を目撃した人がいないことや、弾の入る角度が不自然だとか、そんな理由のため、自殺で決まりと言えるわけではないそうです。
まあ、この辺りは色んな説があって良いと思います。

注目すべきは、林とファン・ゴッホに面識があったか不明、ということですね。
面識があれば記録に残るはずだと思われます。
フィンセントとテオの手紙のやり取りの中に、林の名前が出てきてもおかしくないでしょう。

しかし、記録に残っていない、ということは「面識がない」ということを暗に示すのだと思います。
無いものは記録に残らないため、悪魔の証明と呼ばれる類になってしまいますが。


フィクションの部分

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フィンセント・ファン・ゴッホ「タンギー爺さん」(1887年)
ロダン美術館


それでは、事実と異なる部分を見ていきましょう。

・フィンセントはビングの店で浮世絵を買っていた(林と重吉から浮世絵を入手していた、というのはフィクションです。交友関係も不明ですし)
加納重吉は架空の人物

えー!!
シゲは架空の人物だったの!?


作中で最も実在していそうな人物が架空の存在だったとは…。
原田マハの構成力、恐るべしです。

しかし、この物語が「もしも林とファン・ゴッホ兄弟が出会っていたら?」というもしもストーリーであるとすれば納得です。

ファン・ゴッホ兄弟にまつわる事実と、林忠正にまつわる事実。
「林と兄弟を繋げる人物」であるシゲを線として、事実の点の数々を滑らかに繋ぐ
事実を捻じ曲げることなく、ありのままで滑らかに繋ぐのです。

なんて見事な物語なのでしょうか…現実としか思えないリアルな作品です。
是非、ハリウッドで映画化して貰いたい。
フィンセントはジェイク・ジレンホールに、テオはジャレッド・レトに演じてほしい。
林とシゲは…椎名桔平と竹内涼真が良いなぁ。
(ただ好きなタレントを挙げてみただけ)


フィンセントの自殺…それは避けられない結末

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フィンセント・ファン・ゴッホ「カラスのいる麦畑」(1890年)
ファン・ゴッホ美術館


読者の中には、ジレンホール演じるフィンセント・ファン・ゴッホが自殺で生涯を閉じたことを元々知っていた人も多いでしょう。
(諸説ありますが、定説という意味で)

その結末は変えられませんから、「たゆたえども沈まず」もフィンセントの自殺をもって終わる、と予測できるわけです
結末が分かっているのに、本作はどうしてこんなに面白いのでしょうか?

そこでやっと本題ですけど、これはジャレッド・レト演じるテオの物語なんだろうなぁ。
フィンセントといういわゆる芸術家タイプの、繊細で不器用で、内向きな人を家族に持った「普通の人」の話。

「僕が兄さんを支えなければいけない」
「兄さんの作品を売らないといけない」
「妻も子供も、僕が養わなければ」

こういう、義務感・正義感が強いタイプなんだろうなぁ、テオは。
そのくせ、繊細な所はお兄さんにそっくりだったりしてさ。
日本人っぽくもありますよね。

そんなテオに、「自分の拳銃で兄が自殺した」という追い討ちをかける原田マハ。
これ、作者のフィクションですからね。
なんてハイレベルなサディストなんだ。


改めて、芸術家たちを応援したいと思った

ファン・ゴッホ兄弟の時代には無かったインターネット。
今は、世界中の誰もが有名になるチャンスを平等に薄ーく与えられている時代なのです。

売れるチャンスは薄いけれども平等。
一方で、忘れ去られるのも一瞬。

フィンセントの作品は生前は売れなかったものの、今や大人気ですし、100年以上生きています。
これから何世紀にも渡って愛され続けるでしょう。

では、現代アートはどうでしょうか。
1つの作品が100年以上生き残る可能性…物凄く低いと思うんですよね。

新しいものを愛するだけでなく、100年後に残し、伝えるにはどうしたら良いか?

そういうことを考えるブログにしていきたい。


強引にまとめる

要するに、弊職はテオになりたいと思いました。
良いと思った作品を、たくさん紹介したいです。
100年後に残すために、死んでもブログは消さないでくださいと遺言に書いておきます。

全くまとまりの無い文章を書いた上に、結論がテオになりたいとは…
でも、みなさんも物語の中で最も共感できるのは、テオだったのではないでしょうか?

画商とはいえ、立場は普通の会社員みたいなものですし。
普通の彼が、たまたま特別な才能のある人を家族に持ってしまった話なのです。


関連情報︎

ここまで読んだ人がまだ本作を読んでいないはずはないと思いますが、念のため。
電子書籍なら今すぐ読めます!!

たゆたえども沈まず

原田 マハ 幻冬舎 2017-10-25
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by ヨメレバ



本作の発売時に、東京都美術館で開催されていたゴッホ展。
フィンセントの作品と浮世絵の関わりを紐解く展覧会で、本作とテーマがそっくり。
作中に登場する絵画も見られました。



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