バルテュスの「夢見るテレーズ」撤去問題とは。

ニューヨークのメトロポリタン美術館にある、バルテュスの「夢見るテレーズ」。 1938年に描かれた絵画です。 著作権が有効なので、メトロポリタン美術館の画集の表紙をリンクしています。 この作品に対し、わいせつだから撤去すべきだという方が現れました。 彼女はネットで署名を集め、その数はなんと1万人にも上るのだそう。 (海外の意見をツイッターで調べた限り、ばかばかしいと一蹴している人が多そうではありますが…) 詳しくは美術手帖のサイトに譲ることにします。 この問題、ここまで大きくなるとは…。 アート関係のサイトだけでなく、産経新聞とかメジャーなサイトでも取り上げられる所まで来てしまいました。 しかし、どのサイトも結論に対してお茶を濁すばかりですわ。 弊職はもちろん、そのまま飾っとく派。 今回はなるべく冷静に、肯定派としての意見を言います。 こういうのは感情vs感情になると泥沼化するからなぁ。

撤去はやり過ぎ。

そもそも「夢見るテレーズ」を破廉恥とするなら、もっととんでもない名作がたくさんあります。 下着どころか性器まる見えな絵画、いくらでもあるでしょう。 (こんなことをブログに書く方の身にもなってほしい) 芸術に清廉潔白を望むことはできません。 芸術家は教育者ではないのです。 せっかく言論や表現の自由が定着してきたのに。 まだそういう自由がない国や民族もありますが、アメリカにはあるはずなのよ。 検閲ですよね。 自由って何だったの? 民意だから死刑にしよう!…冗談じゃない!!(古美門研介) それに、表現が自由なら受け止め方も自由なんです。 「破廉恥!気持ち悪い!」 って思っても良いし、 「無垢な女の子だなぁ」 「なんか変なポーズ!」 って思っても良い。 1つの見方が力を持つのは、それ以外の見方を許さないということ。 これぞ検閲ですね。

セクハラはいけない。でもバルテュスは無関係

ハリウッドの女優たちが「映画に出演させて頂く代償」として性を求められていた事は大問題です。 (女優たちに対するセクハラ問題についてはシネマトゥデイに譲ります。) 一般人にも当てはまる部分があるでしょう。 電車での痴漢、枕営業、子供への虐待… 立場を利用して一方的に性欲を満たす行為。 それは絶対いけないこと。 だけど、それとバルテュスは関係ない。 犯罪者がバルテュスの絵画に感化されたと言えるんですか? 「モデルの少女は無理矢理このポーズを取らされてる!」 という主張もあるようですが、それこそ憶測でしかないのです。 「疑わしい」だけで罰することはできません。 というか、まともな人は「夢見るテレーズ」を見ようが見まいがセクハラやレイプなんてしません。 犯罪の根源はもっと別のところにあるはずです。 貧困、失業、依存症、人間関係などなど。 過去に生まれた1枚の絵画で騒ぐより、他に考えるべき問題がいくらでもあるでしょう。

そもそも、バルテュスの絵画の価値は何なのか?

それは独創的なポーズです。 片膝を立てて、手を後ろで組んだこのポーズ。 これはバルテュスが考案したポーズなのです。 こんなの描いた画家、他に見たことありません。 本当にオリジナルのものを作るのは、一流でなければできないこと。 どんな業界にも共通でしょう。 現在から過去を見るのではありません。 バルテュスの時代にいる気持ちで「夢見るテレーズ」を見るのです。 この作品が当時いかに衝撃的だったのか? それを抜きに、今の社会的な正義を当てはめるのはナンセンスです。 死人に口なしを良いことに、後世の人が勝手に作品を断罪しようとしています。 どっちがアンフェアかなんて、明らかじゃないですか。

まとめる。

碩学なメトロポリタン美術館のことです。 一時のムーブメントに流されて誤った判断をする事はないでしょう。 夢見るテレーズは画家と少女がその時代に生きた証です。 その作品を嫌いな人がどれだけいたとしても、二人の存在は揺るぎない歴史です。 だから、そのまま飾っておけばよろしいのです。

関連情報

みんな女の子のことしか見てないけど、猫が可愛いんだよなぁ。 ミルクを飲んでいるところがまた性的だとか言われるんですけどね。
バルテュス―生涯と作品

バルテュス,クロード・ロワ 河出書房新社 1997-08

by ヨメレバ
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