光る絵。

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クロード・モネ「印象、日の出」(1872年)
マルモッタン美術館

絵が発光してるように見えました。
ネットで拾った画像だと、良さが伝わらないけど…。

朝焼けの空がオレンジ色に柔らかく光ってたの。
「モネは光る絵の具で空を塗ったんだね!」
って思ったんです、本当に。
その不思議な色に釘付けでした。

船や人についても、ぼんやりとしか描かない所が良いです。
今まで見た中で一番の思い出の景色が重なるんですよね。
記憶の映像って、だいたいぼんやりしてるから。

そんなモネの「印象、日の出」には、いくつかのミステリーがあるのです。


1つめのミステリー:いつ描かれた作品なのか分からない

1873年説

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絵の中には72とあるので、モネ本人は1872年と書いています。

しかしこれには誤記説がありまして、1873年だとする主張もあるんですね。
つまり、サインの「72」が怪しいというわけです。

モネが書いた手紙を調べていくと、
1873年4月にはノルマンディー地方にいたという記録があるものの、1872年には無かったのです。
だから、「73」と書くべきところを、間違って「72」と書いてしまったのではないか、ということが伺えます。
(制作はノルマンディー地方のル・アーブルにて)


1872年説

じゃあ1873年なのかと言うと、またまたこれを否定する説が出てきます。

絵画と同じ位置に太陽が昇る時間を突き止めてしまった人がいるのです。
アメリカの天文学者ドナルド・オルソン先生が、ホテルの位置や天気、潮の満ち引き、風向きなどから割り出したのは、以下の2択。

1872年11月13日
1873年1月25日


うわー!
よりによって年越し挟むのかい!

先生の結論は、1872年11月13日午前7時35分
しかし、2択から1択へ絞ったのは、モネのサインに「72」とあるから。
本人の記録を尊重したのですね。
この判断に天文学は関係ありません。
完全なる忖度です。

しかし、サインの「72」が怪しいから「73」かも?
という誤記説が生まれたというのに。
オルソン先生をもってしても、正確な答えを出せないのです。
これで捜査は振り出しに…。

それに、手紙から1873年4月にはノルマンディー地方にいたということは分かっています。
オルソン先生の見解と合わせると、4月以前からノルマンディーにいたということになります。
すると、1872年11月からずっと滞在していたとも考えられますので、手紙からは日付が絞り込めません。

ああ、もう完全に物証が無くなりました。
ノーヒントです…。

本当はどっちだったの?


捜査の結論:どっちでもいい

アートの定理らしいアバウトな結論です!
もう良いのです、真相は藪の中ですから。

なんなら、弊職はこの絵を初めて見たとき
「なんて綺麗な夕日なんだ…!」
って思ってしまったんです。
タイトルに「日の出」って書いてあるのに。
(夕日説も昔はあったみたいですけど)

タイトルを知らないで見た場合、日の出派夕日派に分かれると思うんですよね。
それは、個人の思い出にリンクするからなんです!

「素晴らしい夕日」の思い出がある人には、夕日に見える。
「感動的な日の出」の思い出がある人には、日の出に見える。

これって、実は凄いことなんですよ!
モネの絵が、思い出に直接働きかけてるってことなんです。
無意識の感性を、直接揺さぶっているということなのです。

そう思うと、制作時期の数ヶ月のズレなんてどうでも良くなってきますね。
アートの定理は2018年も細かいことは気にしません!


ここで残念なお知らせ。

既に1000文字を超える文章を書いてしまいました。

あんまり長文を書くと、翌日分のエネルギーが残らないので、1000文字程度を目安に書くことにしています。
なので、残るミステリーは明日!

2018/1/2追記:後編書きました!


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by ヨメレバ



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