『生誕100年 石元泰博写真展 伝統と近代』主観レビュー。

東京オペラシティ アートギャラリーで『生誕100年 石元泰博写真展 伝統と近代』が開幕しました!
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石元泰博(いしもとやすひろ)さんは、近代建築、シカゴや東京の風景、曼荼羅など多岐にわたる被写体を撮影しています。 特に桂離宮を撮影したシリーズで知られていますね。
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展示風景
どのジャンルでも巧みな構成力を発揮し、目鼻立ちがはっきりした記憶に残る写真作品を残しています。 石元さんがなぜその被写体をその構図で撮ったのか、饒舌に語ってくるような…静かな画面なのにおしゃべりな作品たちでした。 本展では作家活動の前半に焦点を当て、多岐にわたるジャンルの作品を紹介しています。
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《シカゴ 雪と車》1948-52年
石元さんは1921年にアメリカのサンフランシスコで生まれ、高知に移住し、高校卒業後は再びアメリカに渡るなど、多国籍なルーツを持っています。 シカゴのインスティテュート・オブ・デザイン(通称ニュー・バウハウス)で、美術や写真を学んだ方です。
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《東京 街》1988年
写真からも、構図やデザインの教材になり得る構成を伺うことができます。 フレーム内に均整の取れた線やパターンを配置しており、キャンバスに絵を描いているような表現でした。 バウハウス流の教育では、入学してすぐの頃はデッサンなどの基礎教育で構成を徹底して学ぶそうです。 石元さんの写真が持つ強いインパクトとバランスからは、バウハウスの教育に裏打ちされた基礎の能力を伺うことができます。
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《日本の産業(東京電力戸塚変電所)》1963年頃
写真は目の前にある現実しか写せないので、絵画とは自由度が異なるのですが、その制約を感じない写真で。 対象の美的な部分を切り取り、それを構成と現像の力で増幅させているように思いました。 だからはっきりと印象に残るのだと思います。 桂離宮の飛び石を撮影した写真には、特に強くそう感じます。 ただの飛び石なのに、どうしてか写真から目が離せなくなってしまう不思議な引力を備えていました。
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展示風景
どの作品も完成されている…。 1960年代に石川県や東北、北海道の暮らしを写したシリーズには、近代化に揺れる地域の伝統文化が写し出されています。 一瞬を切り取った迫力のある写真ですが、均整の取れた構成である種の冷静さも感じられました。
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展示風景
各地の伝統文化は、近代化のみならず少子化や過疎化の影響で形が変わってきているそうです。 例えば秋田のなまはげは、「悪い子はいねが〜!」と言いながら入ったお家に高齢者しかいない、なんてことがよくあるらしい。 1人で暮らすおじいちゃん・おばあちゃんの生存確認の意義を持たせるか、子供がいないなら行事そのものをやめてしまうか…と揺れています。
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展示風景
無くなったら寂しい。 でも、継承する人がいない。継承する意味が無い。 昔ながらの伝統と、時代に合わせた生存戦略の間でグラグラ揺れる地域文化の複雑な立場が、石元さんの写真には記録されています。
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展示風景
石元さんといえば、建築の写真を多く撮られています。 ミース・ファン・デル・ローエの建築をシカゴで撮影したことや、丹下健三など日本の先端を行く建築家たちと出会ったことで、建築写真の道を開きました。 (ご本人としては自分を建築写真家だとは思っていないそうです)
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《国立民族学博物館(黒川紀章)》1977年頃
建築の写真も、どれも強く印象に残る構図です。 キャンバスの上に自由に線や図形を描くかのようなんですよね。 現実の制約を受ける写真とは思えない…神がかっています。 石元さんの建築写真は絵本の中の1ページのようで、実在するはずの建築に対して創造を膨らませられるんですよね。 余計なものを徹底して排除し、美の部分を浮き上がらせる、写真のお手本とも言えると思います。
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《シカゴ建築》1966年
展示の後半では、カラー写真も見ることができます。 曼荼羅を写したシリーズは、壁面を大きく使っての展示です。
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展示風景
京都・東寺(教王護国寺)の国宝《伝真言院曼荼羅》を接写し、拡大した作品。 ぽっと色づいた赤色が艶めかしく、このエロスはどこかで…とよく考えてみると、ヒエロニムス・ボスのピンク色に似ているように思いました。 ボスの《快楽の園》に描かれた異世界の酒池肉林と共通する官能を見出してしまいました。
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展示風景
ちなみに1977年に西部美術館で本作が公開されると、曼荼羅ブームが起きたそうです。 もう一つ、カラー写真で気になったのが、ラップで包まれた状態でスーパーで売られている食材を写した「包まれた食物」シリーズです。 このようなやり方で食材が売られるようになった1980年代、消費社会を真っ向から問いただすような強い作品です。
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展示風景
フレームの中心に食材を置き、正面から撮影することで、メッセージがとても明確になっています。 背景の黒さは、消費社会の行方を暗示しているようでした。 80年代の作品ですが、現代の社会にも同じメッセージがそのまま通用しますよね。 絶妙に美味しくなさそうな感じ…。 美味しい料理を食べたとき、「素材の味が〜」との食レポをよく聞きますし私もしますが、そもそもラップで包まれて長距離を運搬された食材ばかり食べてる人に自然の味が分かるのかな。
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《包まれた食物(鯛)》1986年
15年くらい前でしょうか、「今どきの子どもたちは魚は切り身の状態で泳いでいると思っている」ことが話題になりました。 教育の失敗なのか、自然と切り離されすぎたことが原因なのか…。 ただ、「そう思ってしまっても仕方ない環境だよね」と、自分も中学生で子どもなのに、妙に納得したことを覚えています。 高度化する社会と、それに対する批判的な目線が、「包まれた食物」シリーズで表現されています。 人類がどこへ行くのか、未来への不安がこのシリーズに凝縮されているように思えました。
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展示風景
このように、建築、曼荼羅、ラップで包まれた食材など、あらゆるものを被写体としてきた石元泰博さん。 どんなジャンルでも整った構成で撮影できる腕前に恐れ入りますし、美的な中に社会問題も片鱗を覗かせているんですよね。
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展示風景
アートの定理は絵画や彫刻、現代アートを扱うことが多いので、波長が合う読者さんの中にも「写真展ってあんまり行ったことないな」という方はいらっしゃると思います。 石元さんの作品は、バウハウス教育に裏打ちされた美的センスに基づいています。 社会のありのままを写す記録の役割を持ちながら、見る人の感性に届く構成力を持っていました。
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展示風景
写真展に慣れていない方も、見やすい展示だと思います! いろいろな被写体がありますし、最後まで飽きない展示でした。 Share!▶︎ このエントリーをはてなブックマークに追加 ※取材許可を得て撮影しました。

展覧会基本情報

展覧会名:生誕100年 石元泰博写真展 伝統と近代 会場: 東京オペラシティ アートギャラリー 会期:2020年10月10日[土]─ 12月20日[日] 休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日) 開館時間:11:00 ─ 19:00(入場は18:30まで) 所要時間:1.5時間 観覧料:一般は1200円 公式HP:https://www.operacity.jp/ag/exh234/

関連情報

本展は東京都写真美術館、高知県立美術館との共同企画展で、各館で展覧会が開催されています。 生誕100年を記念した作品集がこちら! パナソニック汐留美術館で分離派建築界の展示が始まりました! 「建築は芸術か?」の問いを軸に、日本の近代建築の歴史をたどります。 サントリー美術館では、日本美術の楽しみ方を見直す『日本美術の裏の裏』が開幕しました! 作品を目で見るだけでなく、和歌や季節を楽しむ情緒も深掘りします。 すみだ北斎美術館では、2016年の開館以降に集められた新たなコレクションが特集されています! 初公開の作品も多く、同館に通い慣れている人でも初めて見る作品と出会えます。 YouTubeの動画づくりを頑張ってます!
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