『あやしい絵展』主観レビュー。

東京国立近代美術館で『あやしい絵展』が開幕しました! 一口に「あやしい」と言っても、退廃的、妖艶、グロテスク、エロティックといった角度がさまざまの「あやしさ」を持つ絵が展示されています。
FullSizeRender
島成園《無題》大正7(1918)年 大阪市立美術館
皆さんはそんな「あやしさ」、好きですか? 晴れよりも雨、昼よりも夜を好む私のような人にとって、あやしい絵展はとっても甘く感じられるはずです。
FullSizeRender
《鳳(与謝野)晶子『みだれ髪』 (東京新詩社、明治34年)藤島武二 装幀》明治34(1901)年 明星大学
日本は江戸から明治への転換期に西洋からの刺激を受け、単なる美とは異なりあやしさを持った絵が生まれていきました。 本展では、明治・大正を中心に幕末から昭和までの日本の作品と、同時期の海外の作品が展示されています。
FullSizeRender
《『白樺』2巻9号 オーブリー・ヴィンセント・ビアズリー 挿絵「オスカー・ワイルド『サロメ』より『ヨハネとサロメ(ヨカナーンとサロメ)』」 「同『サロメの化粧(II)』」》明治44(1911)年9月 個人蔵
さまざまな切り口で作品が紹介されているのですが、私としては、日本の文学作品の挿絵や文学からインスパイアされた絵画が多かったように感じています。 泉鏡花『高野聖』や谷崎潤一郎『刺青』などですね。
FullSizeRender
《『日本挿画選集』(ユウヒ社、昭和5年) 橘小夢「高野聖」》昭和5(1930)年 弥生美術館
文学も西洋の影響が強く、江戸から明治にかけて「物語かくあるべし」という考えが大きく変わりました。 江戸時代の文学は勧善懲悪が主流だったのですが、西洋の影響を受けて少しずつ変わっていき、『高野聖』や『刺青』といったグロテスクさ、エロティックさがあって読者の心を掻き乱すような文学が生まれていきます。
FullSizeRender
アルフォンス・ミュシャ《「サラ・ベルナール主演『ラ・トスカ』」ポスター》1898年 三浦コレクション、川崎市市民ミュージアム
というわけで、江戸から明治の文学の転換について少しお話ししておきますね。 シェイクスピアの翻訳で知られる坪内逍遥(1859〜1935年)という文学者・小説家がおりまして。 江戸時代の日本の文学と同時代の西洋の文学の違いを象徴するエピソードがあるので、少し触れさせてください。 シェイクスピアの『ハムレット』の登場人物に、ガートルードという王妃がいます。 現代の言い方だと「魔性の女」のような感じですが、英文学の試験で「ハムレットにおける王妃ガートルードについて論ぜよ」と問われた逍遥は、ガートルードを悪者として論じました。 当時の日本の文学は勧善懲悪だったので、逍遥もそのレールに乗って彼女を悪者と捉えて回答しました。
FullSizeRender
展示風景
江戸時代の日本文学のルールなら正解だったかもしれないです。 しかし試験の結果は悪くて、西洋の文学には「悪者を悪者として断罪するだけではない何かがあるぞ」と逍遥は発見するのですね。 後の著書『小説神髄』では勧善懲悪を批判し、小説ではダメな部分も含めて人の心を描くべきだと主張して日本の近代文学の発展に大いに貢献しました。 逍遙や後進の文学者たちが見つけた「道徳的でないものに宿る美」は、今日の私たちが当たり前にあやしさを好む感覚の原点だと思います。 鏡花や谷崎が書いた、怖さと美しさが天秤に載ってふらふらしているような「あやしい文学」が誕生したのも、江戸時代までの「物語かくあるべし」が崩れたことが大きいでしょう。
FullSizeRender
橘小夢《刺青》大正12(1923)年/昭和9(1934)年 個人蔵
と、ここまで語ったら読みたくなりますよね? 著作権が切れており、青空文庫にて公開されているので、無料で読むことができます。 どちらも短めのお話なので、良かったらご覧ください。 ○泉鏡花『高野聖』谷崎潤一郎『刺青』 この辺を少しでも知っていると、挿絵を見たときに「あのシーンだ!」とピンと来て展覧会がより楽しくなると思います。
FullSizeRender
《谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』 (春陽堂、大正8年)「人魚の嘆き」水島爾保布 挿絵》大正8(1919)年 弥生美術館
美術が西洋の影響を受けて洋画というジャンルが生まれたのと同様に、文学も西洋の影響を受けて描かれる物語が変化しています。 本展では「ついつい悲劇に美を見出してしまう私たち」の由来を、美術のみならず文学を通しても見つけることができると感じました。
FullSizeRender
展示風景
さて、会場で「あやしさ」にどっぷり浸かるために、2つのポイントをお伝えしておきますね。 1つめが、壁に書かれた都々逸です。 ねっとりした感情やヒリヒリする悲恋が感じられ、展覧会全体を貫くあやしさを盛り上げています。 生々しいのに不思議と共感でき、共犯者になったような気持ちになります。
FullSizeRender
展示風景
例えばこういった歌。 ○三千世界の烏を殺しぬしと朝寝がしてみたい(高杉晋作) ○嫌なお方の親切よりも好いたお方の無理が良い(詠み人知らず) 都々逸は7・7・7・5の歌なので、ぜひそのリズムで読んでみてください。 俳句が5・7・5、短歌が5・7・5・7・7なのは有名ですが、同じような感じで。
FullSizeRender
北野恒富《道行》大正2(1913)年頃 福富太郎コレクション資料室
もう1つは音声ガイドです! 声優の平川大輔さんがナビゲーターを務め、ナレーションとあやしい猫を演じ分けています。 猫の方は『鬼滅の刃』の下弦の壱(魘夢)を彷彿とさせる声で、純度200%の「あやしさ」が耳にドバドバ流れ込みます!キケン!
FullSizeRender
稲垣仲静《猫》大正8(1919)年頃 星野画廊
本展ではさまざまな「あやしさ」を持った作品を見ることができ、美術や文学を通して悲劇の中に宿る美を見つけることができます。 都々逸や平川さんのナレーションも「あやしさ」を増幅させており、もはや美術館というか、総合芸術施設だな〜と思いました。 理想美とは異なる、どこか引っかかりを感じる美をご堪能くださいませ。 Share!▶︎ このエントリーをはてなブックマークに追加 ※取材許可を得て撮影しました。

展覧会基本情報

展覧会名:あやしい絵展 会場:東京国立近代美術館 1階 企画展ギャラリー 会期:2021年3月23日(火) ー 5月16日(日) 休館日:月曜日(ただし3月29日、5月3日は開館)、5月6日(木) 開館時間:9:30-17:00(金・土曜は9:30-20:00)※入館は閉館の30分前まで 所要時間:2時間 観覧料:一般は1800円(チケットは窓口で購入可能、事前予約購入を推奨) 公式HP:https://ayashiie2021.jp/

関連情報

東京都現代美術館でマーク・マンダースの個展が始まりました! 独特の脆そうな彫刻により、空間が不思議な静けさで満たされています。 同じく東京都現代美術館でライゾマティクスの展覧会も始まりました! Perfumeのライブの演出などを手掛けるクリエイティブ集団で、展覧会も映像やプロジェクションを活用した面白い内容でした。 渋谷パルコの「ほぼ日曜日」で、どらえもんの1コマを拡大したアート展が開催されています。 1コマを拡大すると、漫画の文脈を離れても作品として成立していることがよく分かりました。 YouTubeの動画づくりを頑張ってます!
読者登録していただくと、LINEに「アートの定理」の更新情報が届きます! コメント・メッセージはマシュマロで! ⇒マシュマロを投げる ※ネガティブな内容、性的な内容、スパム等はAIにより削除されます。 弊ブログのメインコンテンツは展覧会の感想です。 最新のレビューは「アートの定理 トップページ」からご覧ください。 ツイッターでは、ブログに載せていない写真も掲載しています! 最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございました! 良かったら応援クリックお願いします! にほんブログ村 美術ブログ いろいろな美術・アートへ
にほんブログ村