「でもな、絵画て、鏡やねん。世間がかってに画面に映りこんでしまうねん」

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展示風景
『ジャム・セッション 石橋財団コレクション×森村泰昌 M式「海の幸」ー森村泰昌 ワタシガタリの神話』がアーティゾン美術館で始まりました。 森村泰昌(もりむら・やすまさ、1951年-)さんは、絵画になりきるセルフポートレート写真で知られる現代美術家です。 これまでにはゴッホの自画像、マネ《オランピア》など、広く知られた絵画を現実の空間に再現し、自ら登場人物を演じた写真を発表してきました。 《オランピア》をベースにした作品は、2020年に原美術館で開催された森村さんの個展でも展示されたので、記憶に新しい方も多いのでは。 今回、森村さんが取り組んだのは、青木繫(あおき・しげる、1882-1911)が1904年に描いた《海の幸》です。
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青木繁《海の幸》1904年(重要文化財)石橋財団アーティゾン美術館蔵
《海の幸》は、10人の裸の男が、3尾のサメといくつかの銛を担いで、横長の画面を右から左へ行進する絵画。 若者から老人までいますが、彼らの表情や体勢には大漁の高揚感も疲労感もなく、二列に並んで黙々と、規律正しい兵隊のように歩いています。 四足歩行のサルが二足歩行になっていく、ヒトの進化の過程を表す絵と同じように、冷めた印象を持ちました。
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森村泰昌《M式「海の幸」第1番 : 假象の創造》2021年 作家蔵
森村さんが《海の幸》を研究して作り上げたのが、《M式「海の幸」》です。 10点からなる連作で、青木繫《海の幸》を再現したような写真から始まり、鹿鳴館風の洋装をまとう男女、戦争、東京オリンピック、学生運動、大阪万博、現代の渋谷スクランブル交差点と、題材を移しながら作品が展開します。
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展示風景
いずれの作品も横長の画面で、《海の幸》と似た行進を思わせる構図のため、一連の作品が右から左へ直線でつながっているように見えました。 人間が過去から未来への一方向にしか進めず、歩みを止められないことが、《海の幸》に重ねられているようです。
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展示風景
ここで第4章で展示される《ワタシガタリの神話》に触れさせてください。 本作は、《青木繁肖像写真》とそっくりな風貌の森村さんによる独白の映像。 青木繫にしか見えない森村さんが「青木さん、」と語りかけるので、現代に生まれ変わった青木が、明治の青木に向かって話しているようでした。
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森村泰昌《ワタシガタリの肖像(Aoki)》2021年 作家蔵
映像のなかで一際強く心を揺さぶられたのが、記事の冒頭でも引用した、森村さんが言ったこの台詞。 「でもな、絵画て、鏡やねん。世間がかってに画面に映りこんでしまうねん」 森村さんには、絵画が鏡に見えるのですね。 自ら絵画になりきり、再現してきた森村さんならではの見方だと感じました。
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青木繁肖像写真 1907年 石橋財団アーティゾン美術館蔵
森村さんにとって、この世を去った画家が残した絵と、今生きている自分の身体はつながっているのでしょう。 青木繫の《海の幸》は、青木が1904年に描いた絵画であるだけでなく、それ以降の私たちでもあるのです。
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展示風景
さて、《M式「海の幸」》は直線的な歴史のようだ、と書きましたが、実は直線ではなく円環です。 平成を象徴するファッションの写真の次には、白衣を着てマスクを身につけた男女が映る作品が展示されていました。 画面の左側にはガスマスクをつけた男女が。
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展示風景
その次に展示されるのは、縄文時代の土偶が銛を持っている作品です(《海の幸》の銛につながるのでしょう)。 画面の右側に脱いだ衣服が置かれているので、一組の男女が裸になって海に入ったのではないか、と読み取りました。 ここで10点の連作が一周し、原始的な《海の幸》に戻る……という構成です。
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展示風景
不織布マスクやガスマスクは、コロナ禍の今を象徴しているのではないでしょうか。 とすると、連作の表すところは、《海の幸》で海からやってきた人間が、新型コロナウイルスにより地上での居場所を失い、海へかえり、サメを携えていつかまた地上へ……という円環だと読み取れます。
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展示風景
森村さんは作品を見る切り口が独特で、斬新な見方に私はいつも刺激をいただいています。 今回も、絵画を世間の鏡として捉える発想と、実際に自分で演じて「世間の鏡とは何か」をわかりやすく伝える手法が、非常に鋭く冴えわたっていました。
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展示風景
《M式「海の幸」》に登場する人物は総勢85人。 すべて森村さんが演じています。 本展では制作過程のジオラマや習作、映像も展示されていました。 今回はコロナ禍ということもあり、スタッフとの協業ではなく、写真作品の撮影には、すべて一人で挑んだとのこと。 その過程は《海の幸》と向き合う研究の記録でもあり、それを知ることで森村さんの作品だけでなく、《海の幸》の鑑賞も面白くなってくるのです。 Share!▶︎ このエントリーをはてなブックマークに追加 ※取材許可を得て撮影しました。

展覧会基本情報

展覧会名:ジャム・セッション 石橋財団コレクション×森村泰昌 M式「海の幸」ー森村泰昌 ワタシガタリの神話 会場:アーティゾン美術館 6階 展示室 会期:2021年10月2日(土)~2022年1月10日(月・祝) 休館日:月曜日(1月10日は開館)、12月28日~1月3日 開館時間:10:00~18:00(毎週金曜日は20:00まで)*入館は閉館の30分前まで 公式HP:https://www.artizon.museum/exhibition/detail/64 / https://www.artizon.museum/exhibition_sp/mshiki/

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