『上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー』が京都国立近代美術館で始まりました。
会期終了後は、東京の三菱一号館美術館に巡回予定です。

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展示風景
上野リチ・リックスは、ウィーンと京都で活躍したデザイナー。 ほとんど展覧会が開かれたことはなく、私も知らなかったのですが、実はとても重要なデザイナーではないかと思います。
1 「ポートレート:上野リチ・リックス」1930年代
「ポートレート:上野リチ・リックス」1930年代、京都国立近代美術館蔵
強い逆風にさらされた人生なのに、幸せが溢れ出すような明るいデザインが多いのも、彼女の興味深いところ。 「どんな気持ちで仕事に向き合ったのだろう」と想像しながら展示を見ると、彼女の人生がリアルに立ち上がってくるはずです。
4 そらまめ
上野リチ・リックス《ウィーン工房壁紙:そらまめ》1928年、京都国立近代美術館蔵
リチことフェリーチェ・リックスは、19世紀末のウィーン生まれ。 グスタフ・クリムトらウィーン分離派の全盛期で、新しい芸術が開花した時代です。
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展示風景(リチ以外のデザイナーも含むウィーン工房の作品群)
リチはウィーン工芸学校を卒業後、ウィーン工房で壁紙やテキスタイルなどのデザインを手がけました。 そのデザインはとても人気で、リチはウィーン工房のスターデザイナーだったそう。
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同じくウィーン工房に勤めた妹キティの作品展示風景
ウィーン工房は、ヨーゼフ・ホフマンとコロマン・モーザーが設立した工房で、直線的でカチッとした、シンプルなデザインが特徴、と言われています。 ところがリチは、のびやかな曲線に、目を引き付ける鮮やかな色彩を用い、感情豊かな表現をしています。 いわゆる「ウィーン工房らしい作風」とは正反対なんです。
7《キャンディ(2)》
上野リチ・リックス《プリント服地デザイン:キャンディ(2)》1925-35年頃、京都国立近代美術館蔵
これがひとつ大きな驚きで、ウィーン工房には一言で括れない多彩さがあったのですね。 工房には大勢のデザイナーが在籍し、人の入れ替わりもあったため、作風がひとつに固定されていたわけではないのです。 ホフマンらが第一世代なら、リチは第二世代。 戦争で男手が不足したこともあり、リチを始めとする女性デザイナーが多くの仕事を担っていた時代がありました。
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展示風景(リチ以外のデザイナーも含むウィーン工房の作品群)
でも、「ウィーン工房で女性が活躍していた時代がある」という歴史的事実も、ほとんど聞かないですよね……。 大事な歴史が見過ごされてきたことを、今回の展覧会で初めて知りました。
9イースター用
上野リチ・リックス《イースター用ボンボン容れのデザイン(2)》1925-35年頃、京都国立近代美術館蔵
歴史に埋もれてしまい再評価が待たれる女性デザイナーは大勢いると思いますが、特にリチが重要なのは、生涯を通してデザイナーであり続けられた稀有な女性だからです。
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展示風景
当時の女性たちの社会進出は今よりも難しく、世に出て行けたとしても、結婚や出産によってキャリアを絶たれがちです。 そんな中、リチが生涯デザイナーとして活動を続けられたのは、日本人建築家の上野伊三郎との結婚が大きかったでしょう。
3 「伊三郎とリチ、船上にて」1924年、京都国立近代美術館蔵
「伊三郎とリチ、船上にて」1924年、京都国立近代美術館蔵
結婚を機に京都に移り住んだリチは、戦前はウィーンと京都を行き来しながらデザインの仕事を手がけます。 伊三郎とともに建築事務所を設立し、二人は協働して設計・内装デザインを手がけたこともありました。
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展示風景
リチは1930年にウィーン工房を退職しますが、同じ頃にナチス・ドイツが台頭し、世界情勢が不安定化。 以降、リチは京都で本格的に活動を始めました。 日本に拠点があって良かったなあ……と思うんですよね。 彼女はユダヤ系なので、ウィーンにいたら収容所に送られていた可能性が高いです。
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上野リチ・リックス《日生劇場旧レストラン「アクトレス」壁画》再現展示 京都市立芸術大学芸術資料館蔵
とはいっても、日本にいれば安全なんてことはなく。 戦時下の日本で外国人が生きていくことは、日本人の夫がいたにせよ、計り知れない苦労があったはずです。
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展示風景
ここで不思議なのが、リチが日本国内で仕事を続けられたこと。 戦時中でも、日本の影響下にあった南方地域に輸出する衣服などのデザインを手がけていました。 戦後になると、日本人の生活の洋式化に伴い、洋装のデザインができるリチは、ますます本領を発揮。 デザインの仕事だけでなく、京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)の教員として、後進の育成にも取り組みました。
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展示風景
リチの人生を紐解くと、勤め先の倒産やナチス・ドイツの台頭など、マイナスの出来事がとても多いんです。 なのに常にデザインの仕事を受けているし、その作品には不幸がまったく滲んでいない。 観る者・使う者を楽しい気持ちにさせてくれるデザインなんです。
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展示風景
これだけの逆境を跳ね返し、人々を魅了するデザインを生み出してきたのは、リチの才能と努力によるものだと思いますが、おごりが見られないのも魅力的。 柔らかく鮮やかな作品に、リチの人柄を感じました。 また、ユダヤ系の彼女を迫害することなく、その実力を信頼して仕事を任せた日本人たちも素晴らしいと思います。 作家の優れた想像力や、それを求める文化的な心は、政治を超える力を持っているのです。 Share!▶︎ このエントリーをはてなブックマークに追加 ※取材許可を得て撮影しました。

展覧会基本情報

展覧会名:上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー 展覧会サイト:https://lizzi.exhibit.jp/ ※新型コロナウィルス感染拡大防止のため、開館時間は変更となる場合あります。 来館前に最新情報をご確認ください。 【京都展】 会期:2021年11月16日(火)ー 2022年1月16日(日) 会場:京都国立近代美術館 【東京展】 会期:2022年2月18日(金)ー 5月15日(日) 会場:三菱一号館美術館

関連情報

本展は、世界初となるリチの大回顧展。 なので、リチについて学べる本もほとんどありません。 現状では、図録と『マイ・ファースト・リチ』という書籍のみ。 『マイ・ファースト・リチ』は本展を担当した京近美の学芸員、池田祐子さんらが執筆した、リチ入門書。 図録より小さく持ち運べるサイズで、図版も豊富でリチの世界に浸れます。 大阪市立美術館では、メトロポリタン美術館展が始まりました。 約500年に及ぶ西洋絵画の歴史のハイライトを集めたような、質が良く勉強になる展覧会です。 YouTubeの動画づくりを頑張ってます!
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